第1回ラップ選手権出場者MCのその後と現在(音源やバトル実績等)

第1回ラップ選手権出場者MCのその後と現在(音源やバトル実績等)

 

 

高校生ラップ選手権といえば、

日本全国の高校生達がフリースタイルラップMCバトルをし優勝を競うイベントとして

今では社会現象とまで言えるほどの人気を誇っていますよね。

(第12回高校生ラップ選手権は8/17になんとあの幕張メッセで開催されるから驚きです)

 

その中でも記念すべき、第1回(2012年)は

あくまで「高校生RAP選手権」と番組BAZOOKA!!!のコーナーの一つとして

スタジオにて収録されていました。

 

しかしその時の8人の出場者の、高校生とは思えない迫力のバトルから、火がついた企画と言ってもいいのではないのでしょうか。

今回はそんな第一回ラップ選手権出場MCたちの、その後を追ってみました。

 

◼︎まず出場者は誰だった?

 

CoRoN

秋影

DIABLO

MC妖精

LIL RUDY RUL

LILMAN

TAKA

K-

 

ベスト4

秋影

MC妖精

LILMAN

K-

 

決勝

K-九(優勝)

LILMAN

 

決勝はK-九(現:T-Pablow)が、LILMANとの川崎対決を制して初代王者となりました。

圧倒的なカリスマ性での優勝となりましたよね。




 

◼︎出場ラッパーたちのその後について

<CoRoN>

 

日本人とブラジル人のハーフCoRoN

PACが好きなブラジル人の母の影響で物心ついた時からラップを口ずさんでいたというから驚きです。

選手権ではK-九に一回戦負けでしたが、その後はどうなったのでしょうか。

CoRoNKID BRULuzi Pharaoh

と名前を変えており、現在はLuzi Pharaohとして活動をしています。

 

ライブに音源活動等も盛んに行なっておりB BOY PARKのメインステージでも歌っていました。

また渋谷サイファーに飛び入り参加してACEと高いレベルでやりあっており、

 

バトルがかなり上手くなったことが巷で騒がれていました。

 

注目の現在の音源がこちら。




 

<秋影>

 

ネットラッパーとして第一回ラップ選手権に出場し、

トリッキーな韻でK-(T-Pablow)を苦しめたラッパー。

 

あの時K-九が負けていたら、今のパブロウはあったのかと考えると

かなり感慨深いですよね。

秋影はその後も音楽活動を続けており、coundcloudで音源を発信しています。

 

現在はラップ調からEDM系の曲にチェンジしています。




<DIABLOK-九>

 

DIABLOは今のYZERR

K-九は今のT-Pablow

 

ということで双子二人での出場でしたね。

優勝したK-九はもちろん、一回戦負けしたDIABLOも実は

かなりスキルが高かったです。

 

K-

確かに関係ないぜ 後輩先輩

俺はもう回っちまってるゼンマイ

わかるか?俺がなりたいのは繊細な天才

俺のスキルは未だに現在も健在

K-

おれらで回そうぜ

ラップでこの国の経済

DIABLO

言い訳はナシだぜ oh

俺が興味あんのは勝ちだけ oh

お前のことこのまま速効で道連れ oh

 

この二人はその後もラップ選手権に出場し、

二人とも優勝を経験し、2WINというグループを組みます。

(皆さんご存知ですよね)

高校生ラップ選手権を語るには外すことのできない伝説の双子になります。




<LIL RUDY RUL>

フィメールラッパー最初の出場者となったLIL RUDY RUL

バトルはMC妖精にいじられて負けとなりましたが。

それでも見ていて応援したくなるラッパーでしたよね。

そんなLIL RUDY RULですが、

選手権出場後は音源活動に精を出しており

 

非常に面白い動きをしていました。

特に「おひたち」という曲では彼女の壮絶な過去をラップに載せていて衝撃的でした。

また、彼女は絵の才能もあり、そんな世界観がうまく表現されたPVとなっています。

ここ直近での活動が少ないですが、どこで活動しているのか気になるばかりです。

 




<LILMAN>

K-九と決勝を戦ったLILMANですが。

現在はラッパーや地下格闘家、サーファーやスノーボーダーを集めた「ttwp」というクルーのメンバーです。

一時はラップ以外で月800万円以上の収入があったと言われていますが詳細は不明となっています。

現在も川崎に住んでいるようですが詳しいことは掴めていません。




<TAKA>

大阪の一二三屋のヤンガンとして出場となった第一回。

LILMANに一回戦負けを喫しますが、第一回で名前が売れた印象です。

その後

WillyWonka aka TAKAと名前を変更し、幾度かラップ選手権に出場。

高いスキルとファッション性で一躍人気ラッパーになりました。

実は大会後、一時はドラッグの使用で少年院に入っていました。

 

その後、少年院から出てきて薬の恐ろしさを歌った、

D.R.U.G.S.という曲をYOUTUBEで発信し130PVの大ヒット作となりました。

 

すべて逆回り薬の歯車

腐った野郎に神の手無いかも

Dirty on Life Fuck Dirty on Life

君なら変われる?口だけだろFuck Dat

 

現在はラッパーとして活動する傍ら、アメ村の一二三屋で店員働いています。




日本語ラップ好きなら絶対!!

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